食器館コラムVol.9 ~萩焼 経年こそ独自の趣~
~萩焼 経年こそ独自の趣~
萩焼は山口県萩市で生産される陶器の総称です。その粗い土から生まれる高い吸水性と、表面に現れる微細なヒビによって、使いこなすほどに独特の色合いへと変化していきます。この変化を楽しむことができる点が、萩焼の魅力のひとつといえるでしょう。また、茶道具としても高い需要があり、数々の著名な作家が輩出されています。今回のコラムでは、萩焼の特徴や歴史、著名な作家や窯元、これまでに取り扱った萩焼についてご紹介します。
【萩焼の特徴】
萩焼の最大の特徴は、使い込むことで生じるその変化です。一般的に「萩の七化け」と呼ばれ、表面の微細なヒビから水分が入り込むことで、独特の色合いが生まれ、時間とともに愛着が深まります。また、全体的に粗めの土を用いており、それが比較的低温でゆっくりと焼かれることで土自体の質感やどこか温かな手触りがすることも萩焼のすばらしい点です。
また萩焼の裏側にある高台には斜めに切り込みが入っているものが見受けられますが、これらは「切(割)高台」と呼ばれるものです。萩焼にしか入っていないわけでもなく、すべての萩焼に入っているわけではないのですが、一般的には萩焼の特徴のひとつとして知られています。このような特徴的なデザインが用いられるようになったのは、茶道具として貴族の間で愛された萩焼を庶民でも気兼ねなく使えるようにあえて(=意図的に)欠損部分を作ったという言い伝えもあります。
【萩焼の歴史】
萩焼の歴史は17世紀初めまでさかのぼります。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に多くの優れた陶工を日本に連れ帰りましたが、当時広島の大名であった毛利輝元が関ヶ原の戦いに敗れた際に陶工を引き連れて移動した先の萩で窯を開きました。毛利輝元はもともと、千利休や古田織部など茶の湯の世界の著名人とも親交がありました。その関係もあり、萩焼は茶道具が盛んに作られました。古くからの茶人に好まれた茶碗の格式の高さを表す言葉に「一楽・二萩・三唐津」というものがありますが、それほどに多くの人々を魅了してきました。近年では茶道具だけでなく、日常使いの食器などもたくさん作られ時代を超えて愛されています。
【萩焼の有名な作家・窯元】
ここからは萩焼の中で知名度の高い作家・窯元について数例ご紹介していきます。
①三輪休和(十代三輪休雪)
三輪休和は萩焼の作家です。17世紀中ごろから始まる三輪窯の十代当主であり、萩焼において初めて人間国宝に認定されました。
②三輪壽雪(十一代三輪休雪)
三輪壽雪は萩焼の作家です。三輪窯の十一代当主であり、三輪休和に次いで萩焼として二人目の人間国宝に認定されました。休和とは兄(休和)弟(壽雪)の関係です。壽雪が晩年に作陶した「鬼萩」と呼ばれる普段よりもさらに荒い土(砂)を使って作陶される作品は、梅花皮(かいらぎ)と呼ばれる釉薬の縮れによって素地がむき出しになる荒々しさ、力強さが特徴です。
③坂倉新兵衛窯
坂倉新兵衛窯は萩焼の窯元です。当代は十六代です。萩焼の歴史でご説明した、毛利輝元とともに萩に移った陶工の弟子たちによって開かれた歴史ある窯元です。
【こんな萩焼を販売していました】
食器館でも、さまざまな萩焼をお買取り、販売してきました。こちらではこれまで食器館で販売していた萩焼について画像と併せて紹介していきます。
①十五代坂倉信兵衛作 飯碗一対

こちらは先ほどご紹介した坂倉新兵衛窯十五代当主による作品です。
よくある夫婦碗のようにサイズ違いでの組ではなく、どちらも一緒の大きさのため「一対」と表記しております。
②岡田仙舟作 花瓶

こちらは岡田仙舟作の花瓶です。
シンプルな佇まいと透かし彫りによる装飾のバランスが非常に良い作品です。
③檜原佳俊作 湯呑

こちらは檜原佳俊作の湯呑です。
鬼萩とまではいかないものの、素材の土感が非常に強く出ている作品です。
いかがだったでしょうか。既に販売済みの商品も含まれており、現在店頭にはないものもございますが、食器館では他にもたくさんの萩焼を取り扱っております。お店を訪れる際には、ぜひ萩焼をチェックしてみてください。
またこのHPではこれら以外にも過去に取り扱っていた萩焼をギャラリーとして紹介しております。
ギャラリー(萩焼)
【おわりに】
萩焼はその歴史的背景から長らく茶道具として愛されてきました。また、色付けなどの加飾を行わないため、使用されている土の質感をダイレクトに感じられる点も萩焼の特徴です。何より使い込めば使い込むほどに風合いが変わり、その過程を楽しめることが一番の魅力と言えるでしょう。それでは次回のコラムでまたお会いしましょう。